
昭和時代(前期) 元年〜三十年
溜塗草花紋沈金二段重 26cm×26cm16cm
塗師 八井 汎親
彫師 山崎 徹司朗
大戦の後、仕事が少ないので弟子に入った沈金見習に勉強させる為
若杉周作先生が考案した模様で針彫、線彫、毛彫、片切彫と沈金全部の
仕事が含まれて、昭和三十年代に大ヒットした作品。
歴史
昭和二年 金融恐慌が起きる。
昭和四年 農村大恐慌が起きる。
輪島漆器業界も大不況となり当時の蒔絵組合長 柳周三は、輸出用万年筆を
製作していたパイロット万年筆技術部長の松田権六先生を訪ねて、万年筆に
蒔絵をする仕事をもらってきました。
昭和六年 満州事変起こる。
漆器業界も漆器従業者四八〇名中一三三名失業中、町は失業者救済事業
として河井浜護岸工事を行なったのです。
昭和十年 戦争政策とインフレ
これにより漆器業界も大好況を迎え、満州にもたくさん漆器が輸出されるようになりました。
昭和十六年 第二次世界大戦勃発
この大戦により輸出も長続きせず、漆も配給制となり仕事もなくなりました。
昭和二十年 終戦
昭和十八年軍刀会社を起こして軍需産業に転換しますが、終戦を迎えあらゆる
価値観が逆転します。一番のお得意様の農家も農地改革で大地主も没落しました。
![]()