
大正時代
白塗鶴会席膳 44cm×30cm×2.7cm
八井文吉作
大正時代に白漆が静岡工業試験場で発明されて、輪島から
堀場喜太郎先生が技術の習得に派遣されて、輪島にも
白漆の漆器が出来るようになった。
歴史
大正時代初期
電気会社社長大岡俊氏が、当時の漆器組合長大岡与三次に呼びかけて
有志をつのり輪島に電気会社を設立。
ロウソク、ランプ、ガス灯に変わって、初めて各家庭に電灯が灯りました。
この電気がはいったことによって、漆器の各分野に産業革命が起こりました。
木地、原材料の製材、地の粉の製造、黒目漆の機械化、木地屋の手引きロクロ
から電動ロクロへ、上塗り風呂も手返しから機械式回転風呂へ。
平田吉右衛門が和歌山県高野山の金剛峯寺の漆塗りを引き受け、輪島から百人
を超える職人さんを連れて登山したと言われています。
大正七年
一本松公園の樹齢千年と言う松に雷が落ちて折れ、その公園の入口で百年に
渡って堀り続けた地の粉の原土がなくなって、漆器業界は大パニックとなりました。
静岡工業試験場において白漆が開発されました。
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